午後から大学で学部生の卒論発表の指導。
パワーポイントや要旨の修正を手伝った。
この時期の大学生はとても苦しそうにしている。
人の日本語のチェックをしていると、自分の書く日本語も客観的に見られるようになる。
人に伝わらない文章がどういうメカニズムで出来上がるのかがよく分かる。
ぼくの文章で頻繁に見られるのが、「言葉の省略」である。
特に主語や目的語などの、明確にしなければならない名詞が抜け落ちていることが多い。
例えば、「近年、子どもの数が減り、子どもを守る取り組みが盛んに行われるようになった。」は論文中に書いてはいけない文章だ。主体が明確じゃないし、論理もない。
さらに、「違い」や「多様性」などの、具体的な説明がない限り論文としての意味を持たないような言葉を裸のまま使っていることも多い。「子どもの遊びの違い」はだめで、「子どもの遊び空間の利用方法が子どもの性別などの属性に応じて違うこと」としなくてはならない。
これらの間違いは「気遣い」一つで回避できるようなものだ。ぼくには気遣いが足りていないということ。
何気なく書くとだめ。一つ一つに気を遣って、丁寧に書く。それが大切。
ぼくに絵を教えてくれた職人の先生は「気遣いは感性」と言っていた。
絵を描くのにも、文章を書くのにも、人に話をするのにも、ちゃんと伝えようと思ったら感性が要る。
夜はぴぴろうを連れて実家に帰った。
おはなし「星空のひも」は終わりまで書けたけれど、「マジックシール」は途中までになった。