2008年10月25日土曜日

紙を開くときが一番どきどきする

今日は少し朝寝坊。

ベランダにすずめが来ていたので、ぴぴろうのケージを外に出した。
ぼくが出て行くと野生のすずめはすぐに逃げてしまうけど、部屋に入ると、まもなく戻ってきてくれた。仲間だって、すぐに分かるんだね。
野生のすずめは最初、ケージの周りのエサを食べていたけれど、だんだんとケージの中のぴぴろうに関心を示し始めた。ぴぴろうは止まり木の上で直立。
野生のやつがケージの上に乗ったり、ケージに体当たりをしたり、つついたりする。ときどき、ちゅんちゅんと鳴く。何とかコミュニケーションをとろうとしてくれているのだ。
しかし、ぴぴろうはだめだった。
野生のすずめを恐れてしまって、すずめが来た方の反対側へと逃げてしまう。
まだ、自分がすずめだとは思えていないみたい。
でも、リリースにはすずめの仲間に入ることが必須。これから、徐々に慣れていってもらおうと思う。

朝食をとらずに、盗まれた自転車を取りに行く。ぼくの自転車を見つけた人が地図を送ってくれたのだ。
バスに乗っていくところ。地図が丁寧だったので、すぐに見つけることができた。
ちょうど、見つけてくれた人が庭いじりをしていたので、声をかけて、自転車を引き渡してもらった。
とても親切なご夫婦で空気入れまで貸してくれた。聞くと、そのお宅にはよく自転車が乗り捨てられるとのこと。きっと、そういう空間的な特徴があるんだろうな、調査したら、研究の練習ぐらいにはなるかな、と思った。
そこから自転車に乗って自宅へ帰る。

それから軽く食事を取って、六本木へ。
絵本サークルの集まり。
今日は美術館をはしごして、たくさん疲れてから創作活動をするという予定。

森美術館のアネット・メサジェ展と新美術館のピカソ展に行った。

アネット・メサジェ展は行くまでに聞いていた印象だと、狂人じみた作品の展示なのかと思って、あまり期待していなかったけれど、行ってみたら面白かった。
ぬいぐるみを切り裂いたり、貼り付けたり、何かをとことん蒐集してみたり、(身体などの)特定の部位に過剰な関心を示したり。
ただ、それだけだったら、ぼくはあまり面白いと思わなかっただろう。
そういうことは、独りでやればいい、と感じるはずだ。
でも、この展示の作者には客観的な視点が少なからずあって、それが見る人の客観性と親和するから、不快に思わず見れたのだ。
おそらく、作者はぬいぐるみを串刺しにしながら、ただ楽しいだけではない。やりたくないけど、これをしなくちゃいけない、という考えを持ってやっている。もちろん、子どもの遊びのように、どんどんエスカレートしていって、感覚が麻痺して、楽しくなっちゃう感じもあると思う。それもまた、見る人の本能を刺激するのだろう。
ぼくがこの展示の作者だったら、きっとそう感じているだろうな、という想像。

ピカソ展は個人的にそれほど面白いと思わなかった。
子どものころに箱根の美術館で、これがピカソという有名な画家の絵だよと言われて、しばらく眺めていたけれど、ほとんど何も感じずに辛かった、という遠い記憶が関連しているのかもしれない。苦手意識がある。

それから、公園に移動してバドミントンをした。暗闇の中でやるバドミントンは楽しい。
最初は、やるか、やるまいか、どうしようか、という感じだったけれど、やってみるとその選択は正しかったことを確信した。
「気持ち!」「気持ち!」
と言いながら、羽根を追いかけた。
涼しい夜、東京タワーの見える公園で、しっとりと汗をかいた。

その後、食事をしながら、「ごちゃまぜ五七五」という遊び。
それぞれが上の句、中の句、下の句を作って、混ぜて、面白い文章を作る。
時折、奇跡的な組み合わせが誕生し、大笑いした。
作って、混ぜて、引いて、紙を開くとき、そのときが一番どきどきする。
どんな面白い世界が広がるだろうか。
ぼくがおみくじを好きな理由とよく似ている。
そのわくわく感がやみつきで、ひたすら遊び続けた。
絵本サークルの次の課題は、この出来上がった「五七五」に絵をつけてくるというもの。
絵の力で、さらに面白くなるんだろうな。

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